「よりよい日本の生活文化をこどもたちへ」~豊かな日本の生活文化を知ることが、子どもたちのグローバルな成長につながる
2022.04.12あそびの環境

2022年6月、コロナ禍で延期となっていた「こども環境サミット」がついに開催される。会場ではプレイデザインラボの遊具の展示や、フェローの方々のトークショーなどが開催され、子どものあそびや環境について知見を広げられるイベントとなっている。専門家や子どもに関わる人々が集う「こども環境サミット」に、ぜひ期待してほしい。
 
そこで今回は、2019年5月に開催された「こども環境サミットレポート」をお届けする。サミットの中で興味深いセミナーの内容をダイジェストでお届けしよう。
 
 

人口400人の町で暮らしをデザインし、景観を守る

 
今回ご紹介するのは、株式会社石見銀山生活文化研究所の会長・松場大吉さんと所長・松場登美さんご夫妻によるトークショー。テーマは「よりよい日本文化をこどもたちへ―このまちに便利なものは無いが、豊かなものはある」だ。石見銀山生活文化研究所は、世界遺産である石見銀山のある島根県大田市大森町にて1998年に設立された。暮らしを第一にしたものづくりに取り組み、世界標準のライフスタイルの創出を目指して活動中。服飾ブランド「群言堂」をはじめ、古民家再生や宿泊施設の経営など、幅広く事業を展開している。
 
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大吉さんの出身地である大森町は、人口わずか400人の町。信号も病院もコンビニもなく、便利なものは何もないと言う。しかし、便利な生活以上に大切にすべきものがあると松場さんご夫妻は語る。それは「景観」だ。
 
大森町は1987年に重要伝統的建造物群保存地区に指定された。伝統的な赤瓦を使用した住宅の維持や電線の地中化などの努力を通し、まさに「古き良き日本の原風景」といえる町並みが保存されている。2007年に石見銀山が世界遺産に指定されるよりも前から、町並みや景観の保存に奔走している地域なのだ。そもそも、世界遺産に指定されたのは「鉱山遺跡と自然との共生、文化的な景観」が評価されたから。銀経済が衰退した江戸時代から人口減少が加速し、ある意味で経済発展から取り残された地域だからこそ、豊かで美しい町並みが今の世にも継承されてきた。「古い建物を持たない町は、思い出のない人生と同じである」という言葉もあるように、大森町には近代的な便利さはないが、豊かな文化や景観が残されている。
 
大森町は地域で力を合わせてきた。地域の保育園の園児が2人にまで減少し、県や市からの補助が打ち切られてしまった際も、地元の人々でお金を出しあい何とか園を維持。すると不思議なことに、たけのこのように子どもたちが生まれ、20名の園児が通えることに。2019年4月から改めて認可されることとなった。知恵を持ち寄り行動に移し、地域で力を合わせた結果である。
 
 

個性豊かな若い人材が石見銀山で活躍中

石見銀山生活文化研究所には195名のスタッフがおり、その内65名が大森町で働いている。さらに、スタッフの約3分の2はUIターン者だ。都会での生活に違和感を覚え、「田舎で暮らしながら働きたい」と考えて入社・転職してくるのである。
 
福島県出身のあるスタッフは、文化服飾学院を卒業しアパレル畑を歩んできた。しかし、ある時「農業に携わりたい」と言い、松場さんご夫妻は彼を「かかわり社員」として自立まで支援することにした。その際の条件は、景観を守る農業に取り組むこと。草が生い茂り放置されている田畑を借りて、米や薬草などを栽培してもらい、町並みだけでなく田畑まで美しい景観にすることを目指している。
 
2018年に入社したあるスタッフは、カリフォルニア大学バークレー校を成績トップクラスで卒業した人材。人間の豊かさや希望を具現化するための「希望学」を学んできた彼のミッションは、「この町での希望ある暮らしを世界に向けて発信する」ことだ。
 
2012年入社の広報スタッフは、フリーペーパーを一人で制作している。年4回、1号あたり2万部発行し、石見銀山生活文化研究所が運営する店舗にて配布。フリーペーパーの内容は、石見銀山で暮らす人々の暮らしや町での出来事について。会社や商品の宣伝は一切せず、魅力的な情報を発信することで人気を集めている。
 
このように、個性豊かな若い人材が石見銀山生活文化研究所では活躍している。
 
 

強い理念が幸せと持続可能性につながる

石見銀山生活文化研究所の社屋の一つに茅葺屋根の家がある。2017年に屋根の葺き替えを実施したが、その費用は2000万円。会社にとって負担はあまりにも大きかった。そこでクラウドファンディングを実施し、葺き替え費用の資金援助を募集。すると、全国各地から約400名の支援者が現れた。ある支援者から「子どもの頃に茅葺屋根の家に住んでいて、恥ずかしいから友達も呼べないと泣いていました。でも今は、そう思っていた自分自身が恥ずかしいと思います」という手紙が届いたという松場さんご夫妻。茅葺屋根はお金の問題ではない、地域と会社のシンボルとして、地方で暮らす者の生きざまとして、何としても残すべきだと改めて感じたという。
 
屋根の葺き替えは伝統技術の継承にも役立った。石見銀山には昔から優秀な宮大工が多数いる地域だが、仕事がなければ技術は継承されなくなってしまう。社屋だけでなく、藤沢(現在は移店)や西荻窪に出店している店舗についても、地元や全国の職人に仕事を依頼して、その腕を磨いてもらっていると言う。また、服飾ブランド「群言堂」のアパレルも全て国内生産。総合衣料の97%が海外生産である中、日本や地方に残る大切な技術を受け継ぐために奮闘している。文化が50%、経済が49%、残り1%は強い理念。経済最優先ではなく、強い理念を持つことが人々の幸せにつながり、企業の持続可能性に発展していくと、松場ご夫妻は語る。
 
 

豊かな日本の生活文化を体感し、世界へ羽ばたけ

石見銀山生活文化研究所は、大森町内の10件の民家を再生してきた。江戸時代に建てられた武家屋敷などを、捨てられた廃材を活用しながらリノベーションし、その内の2軒は「石見銀山 暮らす宿」という宿泊施設として運営している。(現在ご予約は「他郷阿部家」のみ受付中。)ここで松場ご夫妻の言葉を紹介しよう。
 
「ものにも魂が宿っていると考えています。その魂が喜んでくれるような形で再生し、往生するまで使ってあげることを意識しています。これからは、そのように“繕う”ことが大事になると思います」(登美さん)
 
「捨てない暮らしを大切にしています。捨てられたものを使って、現代の生活に活かすこと、それが暮らしのデザインだと思います。見た目の美しさではなく、心が美しくなるようなホッとする空間づくりを目指しています」(大吉さん)
 
日本全国のみならず海外からも宿泊客が訪れる「暮らす宿」は、ビジネスが目的ではなく、出会いを目的に運営していると語る松場ご夫妻。宿泊者に暮らしの基本を伝え、日本の生活文化を感じてもらう、まさに教育の場でもあるのだと言う。元々、松場ご夫妻は海外に出た際に日本の生活文化を語れる若者が少ないことに危機感を抱いていた。幼少期から日本の生活文化を教えられることがなく、アイデンティティが確立されていないことが原因だと考えている。海外に向かってグローバルに成長するためには、子どもたちに対して素晴らしい日本の生活文化を伝えることが重要だと語る。
 
かまどや薪ストーブのある昔ながらの日本家屋「暮らす宿」に宿泊した子どもは、まるで山や自然の中であそぶかのように目を輝かせる。とくにかまどの火に興味を持つ子どもが多く、現代的な生活では味わえない豊かな自然のめぐみを全身で体感してくれるのだ。ある幼稚園で問題児扱いされているという子どもは、「暮らす宿」でニコニコととても和やかに過ごしていた。そのことにお母さんは涙ぐみ、感謝の気持ちを伝えてくれたと登美さんは語ってくれた。
 
日本の生活文化や自然豊かな風景を守るために奔走している松場ご夫妻。世界に羽ばたく感性を養うためにも、子どもの頃から日本の生活文化や自然に親しむことの重要性を感じられたトークショーであった。
 
阿部家かまど
 
 
[こども環境サミット2021]
2022年6月7日(火)~6月9日(木) 9:00~19:00
会場:パシフィコ横浜 Cホール
 
各分野の専門家によるトークショーの他、迫力のあるタワー遊具や教材教具など、こども達に関わるものの展示が行われる。
*ご入場ご参加には特設ページより事前の来場登録が必要です。
 

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