子どもの生活を彩る色と柄の力
2017.09.25INTERVIEW

 私たちの日々の暮らしを豊かにしてくれる色彩。子どもたちの生活環境にも、いろどりは欠かせない。 特に、布というやさしい素材に描かれる鮮やかな図柄は、気持ちを楽しく高揚させながら、時にあたたかく心を癒してくれる。
 
 テキスタイル(布地)デザインをどうやって活用していけばよいのか、その特性や、使い方のポイント、そしてデザインに込めた思いについて、北欧の有名ブランド マリメッコなどの仕事も手掛ける、大人気のテキスタイルデザイナー 鈴木マサル氏に、お話をうかがった。
 
 

ゆらゆらと揺れる布が人の心をつかむわけ

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 「人はみんな、生まれて10秒後には布を身につけますよね。その先もずっと布に肌を触れ続けて生きています。ですから布は、他の素材とはちがって、なにか人間の本能的な部分に温もりのようなものを訴えかける存在なのだと思います」。
 
 大胆なモチーフと鮮やかな色合いで、味気ない空間に刺激的なデザインの息吹をもたらす。デザイナーの鈴木マサル氏は、布という素材の特別な存在観をそう語る。「例えば、紙という素材は手の触感だけで感じるものですが、布は全身で感じる素材です。だから、きれいな布が風にゆらゆらと揺れる風景が人の心をつかんで落ち着かせたり、試合のときの旗や横断幕が人の気持ちを高揚させたりするのでしょうね」。
 
 布という素材は古くから、ずっと私たちの生活のなかにあり続けてきた。人は誰でも一生涯にわたって、さまざまな場面で布にお世話になっている。あまりに身近な存在なので、改めて布とは何かをしっかりと考える暇もなく、ただ目先の用に使って満足していることも多いだろう。水を吸収し、光を遮り、体を温めるなど、使うときには様々な用途があって、その時どきの機能にあやかるだけでも、多くの場合、事足りてしまうからだ。しかし、鈴木氏が可能性を感じている布の価値は、そうした実用的な機能とは少し異なるようだ。
 
 「僕は、できるだけ布を客観的に見て、布という存在を、用途を意識し過ぎることがない様に、あえて心がけています。つまり、例えば糸や織りなどの手触りを意識し始めると、どうしても自然の糸を使い、化学染料を使わない無垢の色を求める方向に行ってしまいます。だからあえてその部分には主観的になりすぎないよう気をつけています」。
 
 鈴木氏が注力するのは、布に描くグラフィックだ。手がけたテキスタイルには、動植物を題材にしたユーモラスな図柄が多い。鮮やかに描かれた動物や植物は、どれも活き活きとして、意外なモチーフの組み合わせや配色がとても印象的だ。  
 見る人の目に瞬間的に飛び込み、気持ちを変えてしまう布の力とはどのようなものなのか。一人のデザイナーが手で描き、色と色の響き合いを確かめながら配色した布は、生活シーンの中で人々にどんな変化をもたらすのか。鈴木氏のデザインの根底には、そんな “感性が描く布” の威力を探ろうとする眼差しがある。
 
 
 
suzuki6 ナマケモノなど動物をモチーフにした作品
 
suzuki7 植物の中でもユニークな、一斉に芽吹くじゃがいもを モチーフにした作品
 
suzuki5 鈴木マサル氏の個展会場に、手作業で描かれた壁面装飾  / 素材:マスキングフィルム
 

きれいだと感じた布を使ってみる勇気

 
 北欧のデザインブームが根強い人気を続けるなか、昨年から今年にかけて、フィンランドのテキスタイルメーカー、マリメッコの大規模な展覧会が巡回されるなど、グラフィカルなテキスタイルを好む北欧の人たちの暮らしぶりが、日本でも大いに注目されるようになった。鈴木氏のデザインは、マリメッコや、同じフィンランドのラプアン カンプリにも起用されている。またトーベ・ヤンソンが描いた「ムーミン」の、日本のファンに向けたトリビュート・テキスタイルも手がけるなど、北欧文化の橋渡し役にもつとめてきた。だが、一方で私たちの暮らしに目を向けると、個性的なテキスタイルを住空間に取り入れる文化は、まだまだ日本の暮らしに定着しているとはいえないようだ。カーテンや壁紙、ソファにしても、多くの人は、大胆な模様は避け、色も柄も無難なものを選びがち。その状況を、鈴木氏はどう見ているのだろう。
 
 「たしかに飽きのこない空間が好まれています。現代の日本の住宅は狭く、白やベージュを使えば広く感じる環境なので、派手な色が使いにくい状況といえるでしょう。でも、昔の日本の住空間は、色に溢れていたはずです。派手で賑々(にぎにぎ)しい襖絵に囲まれて、庶民の生活も、たった一つの型しかない着物という衣類に、様々な色柄で変化をつけて楽しんでいました。すごく不思議な、彩り豊かな文化があったのです。しかし、江戸時代が終わって西欧文化が入ってくると、そうした彩りがなくなってしまいました。
 
 その一方で、昔から日本には、“無”や“空”を好むという文化もありました。でも今の日本の文化はそれとも違います。現代の人たちは、インテリアを “これがいい” ではなくて、“これでいい” と、選ぶことが多いようです。でも、“これでいい” で選んだものは、自分の意思で決断して選んだものではありません。つまり、自分が責任を取らなくていいもので囲まれた環境に、自分の身を置いていることになります。それでは味気なく、好みがないという状態に陥りかねません。僕は、暮らす人が意思を持って決断し、自らの責任で選んだものを生活に取り入れることで、絶対に何かが変わるはずだと思っているんです」。
 
 一人のデザイナーがこだわり抜いた “際立つデザイン” を選ぶのには、勇気が試される。無難なもの同士なら部屋の中でもコーディネートしやすいが、刺激的なデザインを何か一つ取り入れると、たちまちバランスが崩れてしまうからだ。他のものたちとの兼ね合いを調整して、室内を自分が満足できる状態にまで持っていくのには、たくさんの工夫やエネルギーが必要になる。だが、鈴木氏は、あえてその状況に人々を誘おうとする。心配して迷う人たちには、「失敗するかもしれませんが、きれいだと思って選んだことが大事です。迷わずに、使っちゃってください」とアドバイスするそうだ。
 
 「布は、要らなくなったらいつでも畳んでしまえます。使いたくなったらまた出して、ソファにかければ、すぐに部屋の雰囲気を変えることができて、その手軽さが布の良いところでもあります。震災の後もそうでしたが、最初はプライバシーを守るだけのカーテンが、少し余裕ができ、気持ちにもゆとりが生まれると、“春になったから、明るい色のカーテンをつけたいな” とか、“ちょっときれいな色の服を着てみたいな”、と変化していきますよね。そういう感情の変化がとても大切で、色や柄で生活が変わるって素敵だなあと思うんです。クッション一つ、テーブルクロス一つで生活が豊かになる。僕は、この先、もっとそういうことが大事な時代になる気がしています」。
 
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子どもたちにとっての色と柄

 
 テキスタイルデザインの世界で培ってきた経験から、鈴木氏は、子どもたちの環境に何をしてあげたいと思うのだろう。
 
 「彼らがいる環境で、きれいな色を見せてあげたいという気持ちがあります。色の一色一色には、汚いものはなくて、グレーのような色も、組み合わせ次第できれいにも見えれば汚くも見えます。白にもいろいろな白があって、隣に来る色で印象がずいぶんと変わります。子どもたちにはきれいな色彩を、常に、さりげなく、目に触れるところに置いてあげられると良いと思いますね」。
 
 鈴木氏は、「色感というのは、生まれ持ったものではない」とも話す。「僕自身も、デザインとは全く縁のない家で育って、色感が悪い子どもで、美大でもずっと色が苦手でした。でも仕事に就いてそんなことも言っていられなくなり、意識して日々たくさんの色を扱っているうちに、色感が身についたんです。今では色が大好きになりました。ですから色感は、子どもが生まれた後に、どれだけきれいな色を見て使うかで変わるものだと確信しています。
 
 子どもというのは、とても高い感度を持っています。だから、よく大人が考える“子どもに合う色”や“子ども用の模様”というのは、ナンセンスだと思いますね。大人がきれいだと思う色や柄の組み合わせは、子どもたちにもきっと通じているはずです」。
 
 子どもの描いた絵を見ると、時には重く暗い色を多用して、怖ささえ感じさせるものがあったりしてドキッとさせられることがある。だが、そんなときも当の本人はふだんと変わらずあっけらかんとその絵を見つめ、淡々と描き続けていたりする。顔の輪郭を緑や紫の線で描いたり、画面の淵まで広がる大きく変形した四角い花を描いたりと、子どもたちが描く絵は、色も形もとても自由だ。大人たちが無意識のうちに、女の子はピンクにお姫様、男の子は水色に電車、と、子ども用と決めている色柄は、たしかにナンセンスかもしれない。
 
 「子どもたちには、色や形に対する先入観がないですからね。でも、年齢が上がるにしたがって、空は青、太陽は赤と、既成概念でとらえるようになってしまいます。残念なことです」と鈴木氏は語る。人間の社会は、色や形を万人に共通の記号にしようと進む。そうすることで便利になるが、その反面、自分の目で捉えようとしたり、見たものの特徴に心を動かしたりする能力が削がれていくのだろう。では、鈴木さんが動植物を見たこともない形に描く、その既成概念を破るデザインのカギとは何なのか。
 
 「結局は、“自分の勘”ですね。例えば、優秀なマーケッターは、自分で現場に足を運んでリサーチした事しか信用しないと聞いたことがあります。配られた資料で見るマーケットリサーチの結果ではなくて、人がどのシーンで何を感じ、どんな行動に出るのかを一人の人間が読み取らないと、これから作られていくものは全て同じになってしまうでしょう。色やモチーフには鮮度があって、デザインは、その時代の雰囲気や空気を表現するものです。普遍的に美しいとされるものの組み合わせと、今の感覚とを行ったり来たりしながら、そのつど“勘”を働かせてデザインしていくしかありません」。
 
 人の手で描くテキスタイルが人々の環境や気持ちをどう変えてくのか。その試みは、記号化された大量のデータが前提となる人工知能時代への、人間の感性と創造力の大きな挑戦ともいえそうだ。
 
 

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